酒井好古堂は、現在運営しています財団法人日本浮世絵博物館を母体とする酒井コレクションの血脈を受け継ぐ伝統のある店舗です。また、酒井コレクションとは現在の長野県松本市出身の酒井家が二百年にわたり蒐集したもので、10万点に及ぶ浮世絵、肉筆掛け軸、塀障画、古書箱、現代版画を所蔵し、今なおその質においても各国の専門家、学者をはじめ、愛好家から絶大な称賛をいただいております。
日本浮世絵博物館は国際的文化遺産である浮世絵を収集、保管、整理、研究、展示する博物館として活動しています。浮世絵は過去の日本人の風俗・習慣を描いた記録であるとともに、そこに蓄積された図像は、日本人の叡智の結晶ともいうべきもので、ヨーロッパの印象派に大きな影響を与えるなど、世界の文化に大きな貢献をしてきました。それは同時に日本の未来への鍵ともなるものです。
浮世絵の「浮世」は江戸時代になってそれまでの「憂世」が享楽的な意味合いの強い「浮世」に転換したことばです。描かれた対象に遊女などの風俗画的な題材が多かったために「浮世絵」と呼ばれたのです。
浮世絵は職人たちの手による本の挿絵や粗末な墨摺の一枚絵として発生しました。十七世紀後半になると芸術性の高い作品が誕生するようになりましたが、職人の手わざによるものでしたので落款が記されることはありませんでした。この時期の画工を一括して寛文巨匠と称します。
その後、「大和絵師」と称した菱川師宣が登場し、土佐派や狩野派の画法を吸収し、浮世絵が芸術として確立しました。当館にはその美人画や画巻が所蔵されています。
また劇場関係の仕事をしていた鳥居清信が役者絵を確立し、鳥居派の祖となりました。
十八世紀に入ると肉太の線で豪華な衣裳の遊女を描いた懐月堂安度が登場します。安度の作品は肉筆のみですが、弟子の度弊らは少数ながら優れた版画作品を残しています。当館には優れた懐月堂派の作品を多く有しています。
菱川派、鳥居派、懐月堂派の画風を摂取しながら独自の画風を打ち立てたのが奥村政信でした。政信は遠近法を利用した浮絵の様式を確立するとともに、見立とよばれる技法を用いた作品を多く製作します。
1765年に江戸では旗本や上層町人の間で絵暦の交換会が盛んになり、費用を度外視した趣味的な重ね摺りの錦絵が生み出されました。その中心となって活動した絵師が鈴木春信でした。鈴木春信は中性的な美人画や見立絵を多く製作しました。
鳥居清長は八頭身の写実的な美人画を描き、また歌舞伎の舞台の出語り図を三十点あまり製作しました。
吉原細見の板元から出発した蔦屋重三郎は写楽を見出し、優れた役者絵を刊行しました。その後、喜多川歌麿の美人画を世に送り出すなど、一時代を築いた板元でした。当館にも優れた歌麿作品が多く所蔵されています。
※喜多川歌麿(1750-1806)北国五色墨 切の娘
当館の浮世絵博物館としての最大の特色は、浮世絵史上最大の巨人といってよい葛飾北斎、役者絵の大家初代歌川豊国、豊国の画業を継承発展させた歌川国貞、「東海道五十三次」などの風景画で知られる歌川広重などの優れた肉筆や版画の作品を網羅的に多数所蔵していることにあります。その量と質は世界一ともいわれています。
※葛飾北斎(1760-1849)富嶽三十六景 神奈川沖浪裏
中でも歌川国芳は西洋銅版画を研究して、西洋画の光の処理や画法をその作品に取り入れました。また構成力に優れ、奇想ともいうべき斬新な作品を多く残しています。江戸から明治にかけて活躍した月岡芳年も師である国芳の光や空間の処理を発展させた作品を多く残しました。当館はその二人の重要な作品を多く所蔵しています。
最後の浮世絵師とよばれる小林清親は優れた光や空間の処理を画面で見せました。当館はそのコレクションでも知られています。
本社所在地 | 長野県松本市大字島立字新切 2206番地1 |
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電話番号 | 0263-47-4440 |
FAX番号 | 0263-47-0208 |
info@japan-ukiyoe-museum.com | |
URL | http://www.japan-ukiyoe-museum.com/ |
開館時間 | 10:00~17:00(入館は16:30まで) |
休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌日) |
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浮世絵Gallery
酒井好古堂へのアクセス
酒井好古堂山藤
東京都台東区浅草1-20-1 浅草仲見世
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営業時間:9:00〜18:00
酒井好古堂正雅
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営業時間:9:00〜18:00